札幌地方裁判所室蘭支部 昭和33年(わ)36号 判決 1959年3月31日
被告人 小田岸夫
昭五・八・二〇生 無職
木村金雄
昭七・八・二七生 無職
主文
被告人小田岸夫を無期懲役に、
被告人木村金雄を懲役十年に、
各処する。
なお被告人木村金雄については未決勾留日数中、二百日を右の本刑に算入する。
理由
(罪となるべき事実)
被告人小田岸夫は生後三才の頃小児麻痺にかかり、右手の自由を失つたばかりでなく、右足も悪く歩行の際跛行するところから、殆んど就学せず、成長するに及んで、薪割り、水汲み等家事の雑用を手伝う程度で交友も局限せられ、次第に悪友とまじわり、小遣銭に窮して、ひそかに家人の衣類等を持ち出し金銭を浪費する習癖を身につけ、ために家族や近隣の者等から疎外せられるに至り、機を見て家出すべく思案していたもの、被告人木村金雄は新制中学三年在学中、家計を補助するため中途より学業を放棄、郵便配達夫となり更に転じて競馬の騎手見習として北見、帯広、旭川等各地を転々と稼働している裡昭和三十年十月頃嘉山ハル子と結ばれ室蘭市内において父兄と同居生活を共にしていたのであるが数箇月を出でずして右の妻女と離別するの已むなきに至り、かような結果を招いたのは父松太郎や兄昭二夫婦の仕業によるものであると為し、以来次第に自暴自棄となり稼働先への勤務も怠り、不良と交友し、飲食遊興の費用に窮すれば家人の衣類等を持ち出し入質する等素行修らず、ために父兄等との折合も著しく悪くなり、その上稼働先をも解雇されたため益々金員に窮し徒食していたもの、そして、被告人両名は昭和二十九年頃より相交わるようになつたものであるが昭和三十二年六月頃被告人両名は市内イタンキ浜にて、かねてより交友関係のあつた大河原猛と遊んでいるうち、被告人両名は互に家を出て東京で働いて見たい意図のあることを知り、被告人木村は被告人小田に対し、該計画遂行のためには旅費その他相当纒まつた金銭を必要とするが、如何にして都合するかとただしたところ、被告人小田はかねて居宅附近において雑品拾いを業としている藤森太平(明治十三年三月十六日生)が老令の身でありながら常に多額の現金を身につけ所持していることを聞いたり見たこともあり、同人を殺害しその所持金を強奪して右の旅費等に充てんことをもらしたが、同被告人木村は被告人小田が真実右の殺害計画を遂行するの意思ありとは思わなかつたが、その後、同年十月二十四日頃の夜、被告人小田が被告人木村方を訪ずれ玄関先にて同被告人に対し再び右の計画遂行について具体的にその手段方法等を語るに至つたので、被告人木村は被告人小田において右計画遂行の意思あることを朧気ながら知り、半ば冗談に半ば本気に「やるならやれ」と申し向け別れた。
被告人木村金雄は同月二十八日午後七時頃自宅に被告人小田の訪問を受け玄関先において話し合ううち、たまたま金銭のことにふれるや、被告人小田が又もや、前記藤森太平を殺して金銭を強奪すべきことを持出したので、真実、被告人小田がこれを遂行する意思あることを察知し、その犯意を確固ならしめる目的をもつて被告人小田に対し再三「やれやれ」と申向け、殺害の方法等に関する同被告人の相談にも応じ、また被告人小田が該犯行を明日午前中に決行することを申出たので、犯行終了時刻と目される時刻頃から犯行現場と目される地点より程遠くない同市内イタンキ浜ゴルフ場附近にて待合せている旨を約し、犯行を激励し被告人小田に積極的に援助を与え、被告人小田の左記犯行の決意を強化せしめ以てこれを幇助し、
被告人小田は右助言により前記藤森太平を殺害して金銭を強奪すべき犯意を固め、昭和三十二年十月二十九日午前八時頃、同人方に有合せた手斧一挺を懐中に隠し、自宅を立出で前記藤森太平を探すうち、間もなく室蘭市東町末広社宅附近において雑品を拾い集めていた同人の姿を認め、これを呼びとめ、同町三十七番地所在の通称イタンキ山を指示し「あそこの山に鉄屑があるから案内してやる」旨虚言を弄し、同日午前八時三十分頃同人を同所中腹の窪地に誘い込み、隙に乗じ、所携の右手斧を左手に持ち矢庭に同人の頭部に一撃を加え、その場に昏倒しながら助命方を哀願して財布を差し出した同人から現金三千三十八円および古銭(寛永通宝)一枚在中の布製三ツ折財布を強奪し、更に同人の蘇生を恐れて右手斧および同人が所持していた金槌をもつて同人の頭部、額面部、背部、胸部等を乱打した上、左横腹部を強く踏みつけ、因て同人をして、その頃その場において脳損傷および脳圧迫により即死するに至らしめ、その目的を遂げたものである。
(証拠の標目)<省略>
(弁護人の主張―被告人小田の心神状態―についての判断)
被告人小田岸夫の弁護人は同被告人は本件犯行当時心神喪失状態に在つたものであるから無罪であると主張するのでこの点について前掲各証拠によつて検討するに、同被告人は前記の如く生後三才位にして脳性小児麻痺に罹り現に右半身の不全麻痺症状を呈し、右手および右足の自由を缺いでいる外肉体的にも多少通常人と異なる点が存することは勿論、前掲中江医師の鑑定書(以下中江鑑定と略称)によれば被告人は本件犯行当時心神喪失状態に在つたとされる。併し保崎医師の鑑定書(保崎鑑定と略称)によれば、被告人は当時心神耗弱状態に在つたとされているのであつて右中江鑑定においては主として被告人の知能状況の検定に力を注ぎ、是非の弁識能力については比較的簡略であるが、保崎鑑定においては是非の弁識能力について相当留意していることが伺われる。
刑法第三十九条第一項および同条第二項に謂うところの心神喪失又は心神耗弱は、刑事責任を論定すべき法的判断の問題であつて医学的認識をそのまま当嵌めるべきものではない。しかして刑事責任能力の核心をなすものは被告人の知能指数に表現される知識や智能のみでなくこれと別異の範疇とも見得る是非善悪の弁別能力であり、その弁別に従つて行動し得る能力である、かかる観点より右両鑑定の結果と本件公判審理を通じて当裁判所の認識したる総合的認識特に同被告人の検察官に対する各供述調書の記載内容、当裁判所の受命裁判官の本件犯行現場一帯についての検証調書特にその検証に際し現場各地を被告人自から案内して、本件犯行の状況について逐一指示説明した部分、当公判廷における同被告人がなした各供述内容、態度、身体的活動状況等を仔細に対比考察するに被告人小田は本件犯行当時是非善悪の弁別能力は相当程度具有していたもの、すなわち通常人と大差なき程度に具有して行動したものと判定するを妥当なりと思料する、それ故、刑事責任についての法的判断の上から、該被告人は本件犯行当時、心神喪失の状態に在つたものとは到底考えられない、しかしながら右の両鑑定の結論およびその余の各証拠を綜合して、該被告人は本件犯行当時、刑法第三十九条第二項に規定する心神耗弱の状況に在つたものと認定する。
(本件公訴事実についての判断)
尚、本件公訴事実によれば、被告人両名は、共謀共同正犯として本件犯行を遂行したものとして起訴されたのであるが、当裁判所は前掲各証拠によつて本件強盗致死の犯行は被告人小田の単独犯とし、被告人木村の行為は前示の如く、被告人小田の右犯行を幇助したものと認定した。
共謀共同正犯は共同正犯の一態様であつて、共謀者は共同意思の下に一体となつて互に他人の行為を利用して意思を実行に移すものである、それ故共謀者は実行行為そのものに関与しなかつたとしても共同正犯者として重い刑事上の責任を負うのである、本件において被告人小田が犯行の際かかる意思をもつて為したことについてはこれを認めるに足る証拠はなく、また犯罪事実実現につき利用すべき被告人木村の行為としては判示の如き助言と、犯行現場に近接した地点にて待合せていたこと以上にはでていない。被告人木村としては本件犯行によりその賍物について分前を貰う意思ではあつたが同被告人自身が被告人小田のように人を殺して財産を奪うまでの強い意思によつてなしたものとは認められない。このことは被告人小田が犯行を遂行しなければ改めて同人と、もしくは同人をして犯行を遂行させる程までに強い意思がなかつたことにより推測される。よつて、判示の如く本件犯行は被告人小田の単独犯として、被告人木村についてその助成行為をなしたものと認定した。
(法令の適用)
被告人小田の判示所為は刑法第二百四十条後段に該当するところ犯情により所定刑中死刑を選択し、被告人は前示の如く本件犯行当時、心神耗弱の状態にあつたものであるから同法第三十九条第二項第六十八条第一号によつて法定の減軽を為して、被告人を無期懲役に処する。
被告人木村の判示所為は同法第二百四十条後段、第六十二条第一項に該当するところ所定刑中無期懲役刑を選択し、なお犯情憫諒すべきものがあるから同法第六十三条、第六十八条第二号を適用し法定の減軽を為した刑期範囲で同被告人を懲役十年に処し、なお同被告人については刑法第二十一条によつて未決勾留日数中二百日を右の本刑に算入することとした。
訴訟費用については被告人両名共、貧困にしてその支払をすることが出来ないことが明かであるから刑事訴訟法第百八十一条第一項但書によつて全部これを負担させない。
よつて主文のように判決する。
(裁判官 畔柳桑太郎 藤本孝夫 岩野寿雄)